- 掲載:2024年11月14日 更新:2024年11月14日
//= $nameTitle ?>高層ビルが建ち並ぶ 大都会に佇む 「塔の日本旅館」
Guest
1959 | 大阪生まれ |
---|---|
1982 | 日本女子大学家政学部住居学科卒業 |
1984 | 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了 |
1986 | コーネル大学建築学科大学院後、東 環境・建築研究所代表取締役 |
東 環境・建築研究所
東京都渋谷区神宮前3-42-13 鈴木ビル2F
03-3403-5593
ハードとソフトの協働作業で創成される
唯一無二の「星のや」ブランド
壁一面の竹と栗の木で造作した「下駄箱」
この場所で靴を脱ぎ、畳を踏みしめながら客室へ案内されます。畳敷きは、玄関から始まり、エレベーターの中、各階の廊下、客室へと続いています。
秋葉 こちらの「星のや東京」は、大手町という大都会に建てられた日本旅館ということで、その建設に至るプロセスや設計・デザイン上でのコンセプトなどをお聞かせください。
東
このエリアの再開発計画の中で、複数のオフィスビル棟の狭間の小さなスポットが敷地なのですが、そこを宿泊施設にしたいという計画があり、星野リゾートさんが参入されることとなりました。そこで私たちにも声がかかり、どういう宿泊施設にするかというコンセプトづくりから参加した結果、東京の旅館ということになりました。
大手町は日本でもトップクラスのオフィス街であり、しかも1棟建ち、「日本旅館」とはどうあるべきかを考えなくてはなりません。
伝統的な日本旅館とは違う現代の日本を表現したいということから始まり、何が一番わかりやすい寛ぎの体験かということで、まずは一歩入ったら靴を脱ぎ、全館上足にしましょうとなりました。
そうなると、部屋数×数名分のお客様の靴をどうコントロールするかが問題になりました。大手町の一等地の一番いい場所を主玄関とし、ここで靴を脱いでもらい、左手側にデザインされた家具を並べて靴の収納にしました。全体で言えば、200~300足の靴を預かるわけですから、どう遅滞なく効率よいサービスとして提供できるかがデザインの課題でした。
単純に表層的に日本の伝統を再現するのではなく、その場所での体験が日本の文化に根ざしており、日本の旅館的であってほしいと考えています。
秋葉 全てのデザインはまず「おもてなし」の心から始まっているのですね。エントランスの家具、デザインが素敵すぎて感動しましたが、その大きさにはびっくりしました(笑)。
このような大規模な建設現場でのお仕事で、ほかに何かご苦労などはありましたか。
東
大型プロジェクト、しかも大手町でデザインをするということは以前は全く考えていなかったので、この規模で進む設計の方法などに驚くと共に、三菱地所設計とのコラボレーションの面白さも感じることができました。
普段の私達の現場には多くても、1日に数百人ぐらいが出入りするのですが、多分こちらのような現場には、数千人から1万人?くらいの規模になると思うのです。その時の現場の管理の仕方が大変システマチックで見事でした。ですから苦労というよりは、何かそういう普段接しない現場の規模の大きさを体験できて、とても印象深く、面白い現場でした。また設計の過程でも大手設計事務所と一緒に仕事をして、お互い刺激になったと思います。改めていろいろ考えるきっかけとなりました。
【星のや東京】客室 菊
秋葉 ありがとうございます。では、東先生が提案する星のやブランドの強み、また先生が「星のや」の設計・デザインをされる中で、印象に残ったエピソードなど教えてください。
東
「星のや」ブランドにおいては、ハードとソフトのチームが一緒になり、ボーダーレスにいろいろ提案ができます。一般的なイメージですと、設計の与条件がクライアントから出てきて、例えば何室で何平米の大きさで、パブリックの広さはこのぐらいで、設備はこのようなもので、など出て来た条件に合わせて設計することになると思うのです。ところが「星のや」では、ハードとソフトがコンセプトに沿って、何室がいいかというような可能性を考え提案ができることが一番の強みなのではと思います。結果はすんなりとまとまっているように見えるけれど、その陰にある話し合いがその後のオペレーションにも影響を与えていくことになります。
加えて、「星のや」ブランドにおいてはその場所の持っている魅力などを最大限に利用して設計していくということが特徴です。場所的にも同じような条件のものが一つとしてない、つまり標準型がないということであり、デザインチームもソフトと一緒に取り組むことで自由な発想に結び付けられると思います。但し、オペレーションされる側にとっては標準型が無いというのは大変なところもあるかもしれませんね。設計上の思い出としては、もう全部大変であり、全部が楽しくありました。
最初の「星のや」は軽井沢で、コンセプトづくりの大変さがありました。その次が京都で、改装ということ、場所的なことなどが大変でした。その次が竹富島で、ここは島の集落が重要伝統建造物の保存地区になっていて、そのことは常に意識していました。工事も大きな船が入らない離島という苦労もありました。どこの現場も出来上がったあとは、天国なのですけどね(笑)。
設計の苦労というよりは現場が不便で大変というようなことの方が多く、施工会社の方達が一番苦労されているかもしれませんね。
Column
宿の主人の趣向が光る
お茶の間で出会いを楽しむ
日本旅館は泊まるだけではなく、主人からのもてなしを通して交流を楽しむ場でもありました。その場を現代の快適性を大切にしながら設けた空間が「お茶の間ラウンジ」です。
畳が客室とシームレスに繋ぐ
お茶の間ラウンジは各階にあり、客室と畳の廊下で繋がっています。着替えてラウンジに行く西洋ホテルとは異なり、客室からそのままご利用できるセミプライベートな寛ぎの場です。
暦を楽しむしつらえ
日本旅館では暦に合わせたしつらえをするのも、おもてなしの一つ。現代の世界都市東京ならではの感性で、日本文化の機微に触れる空間作りを行っています。
大都会の中心で非日常の別世界空間を作る
秋葉 デザイン・設計をする上で、採用する建材へのこだわりなどはありますか。
東
私はできるだけ新建材は選ばないようにしています。もちろん新建材に合った場所はあるのですが、値段の理由だけでは選ばないという意味で。例えば、できるだけ触れた時に感触が伝わるもの、また年月を経た時に古くなり痛んで行くのではなく、いい味に変わって行くものを選びたいと思っています。無垢の木に適しているところと、練り付け材に適するところ、適材適所ということだけでなく、家具工場の匠に本物のメンテナンスフリーになるような材料、仕上げを考えてもらったりしています。
非日常感を出していくために、なるべく工場生産品に見えないようなものを選ぶことを心掛けています。しかし、一方では、材料だけでなく空間のプロポーションやシークエンスで非日常を考えることもあります。普段経験しないような高天井や小さな空間、要素をそぎ落としてミニマムにするなど、プロポーションを変えることで空間で非日常感を出すことも考えたりします。
「星のや富士」ですが、部屋に入ると、その先に大きな開口があり、その先に河口湖と富士山が見えている。その状況を守るため、手前のインテリアが景色を邪魔しないよう、色や素材感を消していくというような。
表面上のディテールにこだわるのではなく、そこで過ごされる方がどう感じるかを想像しながら建築空間の骨格を作り、その上での仕上げという設計の仕方です。だから、インテリアデザイナーの方から見ると、少し荒っぽかったりシンプルだったりすると思うのですが、私たちが見てほしいのは、お客様が長時間そこに滞在して、心から楽しんでもらえる空間のあり方なのだということです。
秋葉 「星のや東京」の内装も本当にじっくり見たくなる魅力がありますね。外装もとても個性的で素敵です。
東 この外装をダブルスキンにしようという話は当初から出ていて、江戸小紋のストーリー性が大手町のオフィス街という環境の中でぴったりだと思いました。遠目には無地のように見えて、近くに寄ると細かい模様に染められている江戸小紋は、商人の文化を表しています。その小紋柄から、麻の葉を選び、手を加えて「麻の葉くずし」とし、外壁全体を覆っています。
商人の文化というのは、表を飾るのではなく、隠れた部分に工夫を、ということから考えました。柱と梁とガラスでできているオフィスの街に対して、ボリューム感の小さいシンプルな黒い箱であることが、ひっそりと建っていながら、近くによると細かいディテールが見える、という先ほどの江戸小紋と通じところです。
なるべく建物の「ビル感・建築感」を消したいので角の部分をアールにし、工芸品的箱のような外観にしました。でも、やはりこのエリアのルールというか、街全体のデザインとの統一感も必要で、三菱地所設計の力で両立することができたと思います。
暦の移り変わりを映す
遠目には無地に見えて細かい柄が粋な江戸小紋。中でも幾何学的な模様の「麻の葉くずし」で窓の外側全体を覆った、現代的なデザインがひときわ目を引きます。麻の葉くずし模様は客室にも彩りを与えてくれます。季節や時間の移り変わりで日差しが描く景色が異なり、その様を眺めていると大都会でも暦を刻んでいることに気づかされます。
秋葉 今増えつつあるインバウンドへの対策や取り組みはどのように?
東 基本的な姿勢はあまり変わらないと思いますが、海外からのお客様が増えることで荷物の置き場所を考える必要があったりしますね。実は「星のや」も徐々に部屋が大きくなっているのです。それはインバウンド対策だけの問題ではなく、日本のお客様からもだんだん非日常的な大きな部屋へのご要望が増えて来たからだと思います。「星のや」が出始めた当時は、日本人にとっては非日常の贅沢感を味わえるトップクラスの宿泊ブランドを目指したのですが、「星のや」が増えるにつれて、まだまだ部屋の広さが足りていないということに皆が気付き始めたのでしょう。
その一方で、いわゆるバックパッカーと呼ばれる、軽装で世界を旅しようという人たち向けに何かコンパクトだけど面白いものを提案したいという星野さんから提案があり、OMOブランドが生まれました。OMO7大阪(おもせぶん)は、あいりん地区に隣接していますが、大阪の人からは怖いエリアで考えられないと言われながらも実際はもうすでに海外からの旅行者は安い宿のエリアということで、はいってきています。実際海外のスラムの恐ろしさを考えれば、彼らにとってはとても安全なのだと思います。実際、開発されずにきたけれど、とても交通網的にも便利な場所なのです。
オーバーツーリズムの問題が昨今言われていますが、円安と膨大な情報が産んだ社会の変化であり、腰を据えて考えなければならないし、世界的な問題かと思います。
日本の建築家にとっては、少子化なども考えると、どう海外に進出していくかということが重要と思っています。海外に出た時に、本当に苦労するのは屋根材や見切り材といった日本にある便利で色々な工夫がされている機能的な建築材が無いという問題もあり、建材メーカーの方にも考えていってほしいと思います。
建築のあるべき姿と人材不足との狭間で思うことは
秋葉 昨今のサステナブル建築への対応についてはどうお考えですか。
東 おそらくサステナブルと言っている間に、労働者の不足の問題、そして構造を含め、材料の問題、どう作るか組み立てるかなど製作の方法も問題になってくると思っており、大きな変革があるだろうなと思っています。全ての問題が相互に補完し合える解決策がどうなっていくのか、技術が勝ち、人の手を離れていくのか、産業革命時代と同じようなフラストレーションを抱えるかもしれません。
よく、3Dプリンターで家を作るようなニュースを耳にしますが、日本は地震や火事などの災害も多く、そう簡単にはいかないと思います。その上労働人口も急激に減りつつあり、建築業界の人手不足は深刻です。解決するには、特に現場の人たちの仕事がすごくやりがいのある仕事、収入が高い、社会的地位が高いといった定義付けをしていかないと、今の形での建築は、恵まれた人々だけが建てられるということになり兼ねません。
「塔の日本旅館」へと誘うランドスケープ
宿のファサードを彩る前庭には、趣きのあるペーブメントとそこに点在する株立ちの木々がアレンジされている。お客様に「星のや東京」へと続くアプローチを歩みながら、心弾むひとときを愉しんでいただきたいとの演出である。
秋葉 東先生から、建築家を目指す若い方々へのアドバイスはありますか。
東 私から若い方に一番言いたいことは、まず日本の中に籠らないで、海外の視点を持った方がいいですよということ。特にアジアは近いですから、ヨーロッパがユーロ圏になったのと同じように、アジアもアジア圏という意識を持ち、行くことを厭わないようにしてほしいですね。また西欧先進国の考え方も知っていないと、日本が独自の考え方をしているという自覚を持ちにくいので、若いうちにどんどん海外に行ってほしいと思います。
ただし、改めて思うのは私たちの頃に比べ、今の若い方々には複雑な情報が重い負荷となって身に振りかかり、それに対する体力を持たない人々が増えているのではないかと危惧しています。このことを大人としてどう捉えて、解決の道を模索して行くのかを見極めないといけないなと。まずは、若い人は知りたいことだけを知るところから、始めても良いのでは。後は、若い人に好きなことをやりなさい、夢を持ちなさい、などと言い過ぎても良くないのではと思います。昔の人達は好きなことができなかったので、若い人に好きなことをやりなさいと言っていましたが、最近は自分に合っていることをやりなさいと言ってあげる方がよいアドバイスになるのではないでしょうか。
時代の変遷に適合した、
プロフェッショナル向けのマテリアルを
秋葉 最後に先生がデザインや建築の材料を選ぶにあたり、こういう製品や素材が欲しいなどのご要望があればお聞かせください。
東 最近の素材は、どんどん企画品だけになってきているのがとても辛いですね。システムキッチンも昔はもう少し融通がきいたのですが、今はどちらかというと、規格から外れた寸法やアレンジした途端に価格が跳ね上がり、結局はオーダーメードの方が、好きなようにできて安くなるような傾向がありますね。それはおそらく、ハウスメーカーのような大手のクライアントさんが最初に大量に注文されるので、そこに合わないものが少数派になってしまうと思うのです。でも、それと並行して必ず、何かニッチなニーズに応える余力を残してほしいなと・・・。
例えばこの間、日本設計さんと組んだOMO7大阪(おもせぶん)では、平米数が非常に多かったのでサンゲツさんでオリジナルの壁紙を作っていただきました。しかし、数量の少ない住宅などではオリジナルを使うのは難しい。冒険かも知れないですが、デザイナー向けに少量でも採算が取れるタイプの素材を作り、一般向けのものと、変わったもの珍しいものを使わなければいけないプロフェッショナル向けのものと、両方にぜひ目を向けてほしいなと思います。メーカーさんもだんだん余力がなくなっているのは理解しているのですが・・・。最近話した海外のメーカーは気軽に小さな面積も対応してくれ、デジタル印刷なのでデジタル資料があればそれですぐできると。アナログの印刷ではない今の時代で柔軟になる良さも出てくるといいなと思います。
短期間的視点で見れば、現在の工事費の高騰はもう値切っても、材料費より人件費の高騰の方がきいているので、どうしようもない。しかも建設会社に逃げられてはいけない(笑) というような感じになっていますので、反対にここで作り手がスペシャルな良い物づくりの仕組みをどこかに残せる工夫をしてもらえるとよいと思います。あとは作る側の人たちも、職人さんによって上手い、下手の差が大きいので、ぜひメーカーさんには、同時に職人さんの技を育てるための仕組みも作っていただきたいなと願っております。
秋葉 本日は、このような素敵な非日常空間に居ながらにして大変興味深く貴重なお話を伺わせていただき、誠に有難うございました。
大手町温泉
星のや東京最上階の大浴場には、地下1,500mから湧き出る天然温泉「大手町温泉」の露天風呂があり、刻々と移り変わる東京の空を見上げることができる。
[取材]
秋葉 早紀 建材ナビ広報担当 二級建築士
業界に携わる方々の思いや建築の面白さを伝えるきっかけづくりをしています。インタビューを通して建築やデザインを、より身近なものに感じてもらえるようにしたいです。
JCD(日本商環境デザイン協会) インタビュー&レポート
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東 利恵 | Azuma Rie
1959 | 大阪生まれ |
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1982 | 日本女子大学家政学部住居学科卒業 |
1984 | 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了 |
1986 | コーネル大学建築学科大学院後、東 環境・建築研究所代表取締役 |
東 環境・建築研究所
東京都渋谷区神宮前3-42-13 鈴木ビル2F
03-3403-5593