- 掲載:2024年12月12日 更新:2024年12月12日
実測水彩スケッチで魅せる星野リゾートの「OMO5東京大塚」。書籍化された『東京ホテル図鑑』の誕生秘話 遠藤 慧(一級建築士/カラーコーディネーター) インタビュー
そんなホテルの楽しさを知ってもらいたい。
カバンにはいつも金属製のメジャー(コンベックス)を忍ばせ、いいなと思った空間の寸法を測り、スケッチに残してきた。最初はメモ程度だったスケッチは、室内の細かいディテールやアメニティにまで及び、「寝・食・住」のデザインを丸ごと体験できるホテルの魅力を凝縮した「実測水彩スケッチ集」を書籍化、大きな注目を集める。
Guest
東京藝術大学卒業、同大学大学院修了。一級建築士、カラーコーディネーター。建築設計事務所(RFA)を経て、環境色彩デザイン事務所クリマ勤務。東京都立大学非常勤講師。建築設計に携わる傍ら、透明水彩をもちいた実測スケッチがSNS で人気を集める。
単著 | 東京ホテル図鑑 実測水彩スケッチ集(学芸出版社) |
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連載 | 実測スケッチで嗜む名作建築(講談社『with』) |
連載 | 高架下建築図鑑(BUNGA NET) |
連載 | 色で巡るホテルの旅(国際観光施設協会『観光施設』) |
ホテルの実測水彩スケッチが『東京ホテル図鑑』として開花するまで
長谷部 1級建築士として、またカラーコーディネーターとしての目線から、この実測水彩スケッチという独自の表現方法を生み出したプロセスなどを教えてください。
遠藤
以前建築事務所に務めていた頃に、ホテルのプロジェクトを担当できることになったのですが、いざ設計をしようと思ったとき、良いホテルがどんなものなのかをあまり想像できていなかったんです。たとえば学校やカフェ、コワーキングスペースなどなら自分も通ったことがあるのでイメージできます。
でもホテルに関してはいわゆるビジネスホテルのような安宿しか泊まったことがなくて、いわゆる高級ホテルには全く行ったことがなかった。そこで設計の勉強と称して、メジャーとスケッチブックを持って都内の良いホテルに泊まり、その場でスケッチを描くということを始めました。最初は仕事の参考にしようというつもりだったのですが、たくさん描いているうちにすっかりはまってしまい(笑)、例えばこのソファは通常より少し低いけど、その分奥行きがあって寝転ぶとくつろげる高さだなとか…。そういうことを私自身の体感として、記憶に残すために描くようになりました。
Column
実測水彩スケッチが詰まった本
東京・近郊の23件のホテルに遠藤氏が宿泊し、実際に測って描いた水彩スケッチの数々を1冊にまとめた本です。間取りから、インテリア、アメニティ、フードまで、素材や色、寸法つきでビジュアライズ。ミニマルホテルからラグジュアリーホテルまで、ホテルという空間の魅力と水彩スケッチの魅力が詰まった1冊。
東京ホテル図鑑 実測水彩スケッチ集
出版社: 学芸出版社
発行日:2023年8月25日
長谷部 手書きの水彩画のタッチが温もりがあり、いいですよね。
遠藤
色鉛筆やペンなども好きですが、水彩絵具を気に入っているのは、水があれば、すぐ描くことができるからです。旅先などでもパレットさえ持っていけばどこでも何時でも使えるというところが便利です。
長谷部 『東京ホテル図鑑』を発行された経緯や苦労した点、また読者の方々の反響などを教えてください。
遠藤
設計の勉強のためにと思いながら行くと、見るべきところが多すぎて…。なんでこんな形なんだろうとか、構造がすごいな、などと感動しながら全てを計測しているうちに夜が明けてしまうことも。優雅にホテルステイしてうらやましい、などと言っていただくこともありますが、実態は全然です。結婚記念日にいいホテルに泊まった時も計測に終始してしまったり(笑)。
その後、X(SNS)にそれまでに描いたスケッチを投稿したところ、出版社の方からお声がけをいただき、書籍化しようという事になりました。
本を作るにあたっては、構成なども考えた上でどのホテルにしようかと考えながら作りました。
東京の新しいホテルをメインに据えつつ、有名な老舗ホテルや郊外ホテル、おひとり様向けのホテルなど、バリエーションに富んだ構成になるよう心がけました。
ホテルの総合的な空間の心地よさを表現していく
OMO5東京大塚(おもふぁいぶ)の客室
遠藤氏のインタビュー場所であり水彩スケッチに描かれたOMO5東京大塚(おもふぁいぶ)の客室。高さ空間や壁面を有効活用した櫓寝台のようなスペースは、秘密基地気分で楽しめるプライベート空間となっている。
長谷部 今、私たちが居るこの「OMO5東京大塚(おもふぁいぶ)」は星野リゾートさんが運営されていて、本日取材のご協力をいただいています。スケッチを通していろいろなホテルにお泊りの遠藤さんが、皆さんに伝えたいホテルの魅力とはどのようなものでしょうか。
遠藤
最初はホテルステイが趣味というわけではありませんでしたが、今ではすっかりホテルの魅力にはまってしまいました。ホテルに泊まると、空間とは決して建築の設計だけでできているわけではなく、本当にさまざまなものの集積でできているのだなということを改めて実感します。設計者としてはどうしても躯体、内装、家具、設備、備品…というふうに分けて考えてしまうし、実際にデザインをするのはそれぞれ別の人であることが多いですよね。でも宿泊する人はきっとそうは思わなくて、その空間にあるもの全てが室内の空気感を作っているわけです。
特に最近のホテルはブランディングの意識が高く、建築やインテリアは当然ながら、アメニティ、お料理、ユニフォームのデザインに至るまでトータルに一貫したポリシーで統一されていることも多いです。宿泊することでそういう世界観をまるごと体験できるというのが、ホテルの一番の魅力ではないかと思います。
長谷部 お部屋でいただける美味しそうな飲み物や食事なども描いていらっしゃいますね。
遠藤 いわゆる建築にまつわることだけでなく、食事やケーキなども意図的に描くようにしています。もちろん設計の立場から食事のメニューに関わることはないのですが、その時、その場所を体験した際の食事の風景や、そこで食べたり飲んだりしたことはとても良い思い出に残るものですよね。そういう総合的な空間の心地よさを表現したくて、寸法を測りながらご飯や飲み物なども描くようにしています。
OMO5東京大塚(おもふぁいぶ)の実測水彩スケッチ
遠藤氏のインタビュー場所となったOMO5東京大塚(おもふぁいぶ)の水彩スケッチ。このスケッチは美術の教科書にも掲載されている。
OMO5東京大塚(おもふぁいぶ) by 星野リゾート
イラスト:遠藤慧
「手描きスケッチ」によって養われる観察力や思考力
長谷部 ホテルの魅力を最大限伝える手書きスケッチの良さについて建築を目指す若い人々への、勉強のポイントや考え方のアドバイスをいただけますか。
遠藤 良い建築を見に行くのが大事とよく言われますが、その空間がなぜ良かったのか、家に帰ってからそれを絵や図面に再現してみようとしてもなかなか難しくてできないものです。その場で一つ一つ構成を観察しながら、ここにはこういう物が乗っていて、こんな凹凸があり、どんな形の照明が仕込まれていて…などと、つくる側の目線でじっくり考えながら観察すると、何も考えずに見る場合よりもかなり解像度が上がって頭に入ってきます。
スケッチの良いところは、その「観察」を強制的にできることです。iPhoneでパシャっと写真を撮って済ませてしまうのとは違い、スケッチの場合は、何を描こうか考えることから始まり、構図は…縮尺は…色味は…など全て決めないと1本の線さえ引けませんので、必然的にじっくり観察するようになります。どこから描いたらこの空間が最も良く見えるかということを自然と考えられるようになるので、建築を学ぶ訓練には向いているなと思います。
もちろん今の時代に手描きの図面の方がいいですよというつもりは全くないのですが、建築をじっくり観察し考える力や見る目を養うという意味での手描きはぜひお勧めしたいですね。
その土地ならではのストーリーを設計に生かす
長谷部 遠藤さんが宿泊されたホテルで、面白かった構造やインテリア、また興味を持たれた建材などを教えてください。
遠藤 行ったことのあるホテルで面白い素材を使っているな、と思ったのが、尾道にある「LOG」というホテルです。ハタノワタルさんというアーティストによって、客室内の襖、壁、柱など全てが和紙で包まれており、まるで繭の中にいるような感覚になりました。尾道の穏やかな気候も相まってか本当に心地よい滞在で、こんな素材の使い方もあるのだと感動しました。
他に使ってみたいと思う素材としては、最近は左官にとても興味があります。設計事務所を退職して今の会社で色と素材のデザインを行うなかで、色と素材にますます興味をひかれるようになりました。私の会社では現地調査に行くとその土地の土を採取するんです。建築もその土地それぞれに、その土地が持っている風土というか、土地が持っている色というのがありますので、それをやはり建築のベースにしようということをまずは考えるわけです。アースカラーが流行っているとかジャパンディーなグレージュがいいなどの大雑把なイメージではなく、土の複雑な成り立ちや、微妙な色合いの違いなどが理解できると、ますます深く土への興味がわいてきます。
建物をつくるときは、何かその土地に繋がるストーリーのようなものがあったらいいなあと常々思っています。もちろん現代では技術的にはどの場所でも同じものを作ることは可能になっているのでしょうけど、できるだけその土地ならではの面白さを感じられるような建材を選びたいですね。
長谷部 『東京ホテル図鑑』の中には載っていないのですが、ここ「OMO5東京大塚(おもふぁいぶ)」のスケッチが、美術の教科書に掲載されているそうですね。
遠藤 日本文教出版から発行された美術の教科書にスケッチを載せていただいています。本職の画家やイラストレーターというわけではなく、別の仕事をしながらでも、絵を描く=何かを表現することを楽しもう、という例で取り上げていただきました。身近にあるもの、例えば洗濯機や、文具などの小物、食べ物などを観察して表現するという目線を面白がっていただきました。
長谷部 『東京ホテル図鑑』の第2弾はご予定していますか。
遠藤 次は全国版を、というお話もあるので、いつになるかはわかりませんがぜひ楽しみにしていただければと思います。今回書籍を出したことでさまざまなホテルさんや企業さんからお声を掛けていただくことが増え、とてもありがたいですし嬉しい悲鳴をあげているのですが、たまには絵を描かないでのんびり空間を堪能してみたいなとも思います(笑)。
長谷部 設計もできて、見ていて楽しくなるような水彩画のスケッチでホテルの良さを伝える遠藤さんの今後を応援しております。本日はありがとうございました。
[取材]
長谷部 沙織 建材ナビ広報担当
今回は遠藤さんが実際に宿泊された、OMO5 東京大塚(おもふぁいぶ)にてインタビューさせていただきました。「観察したもの」「感じたもの」をいかに表現するかを大切にされているのが印象的でした。あたたかみがあり、どこか懐かしさも感じる、遠藤さんの「実測スケッチ」の世界観にぜひ触れてみてください。
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遠藤 慧 | Endo Kei
東京藝術大学卒業、同大学大学院修了。一級建築士、カラーコーディネーター。建築設計事務所(RFA)を経て、環境色彩デザイン事務所クリマ勤務。東京都立大学非常勤講師。建築設計に携わる傍ら、透明水彩をもちいた実測スケッチがSNS で人気を集める。
単著 | 東京ホテル図鑑 実測水彩スケッチ集(学芸出版社) |
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連載 | 実測スケッチで嗜む名作建築(講談社『with』) |
連載 | 高架下建築図鑑(BUNGA NET) |
連載 | 色で巡るホテルの旅(国際観光施設協会『観光施設』) |