加賀屋の新たな挑戦|建築家 隈研吾氏設計の新館が2026年に和倉温泉で再開

石川県七尾市の老舗旅館「加賀屋」は、2024年1月の能登半島地震で被災した一部施設の復旧と、新たな宿泊需要に対応するため、新館の建設を発表しました。建築家・隈研吾氏が設計を担当し、加賀屋の伝統と現代建築を融合させたデザインとなる予定です。新旅館は、現在の加賀屋から西へ約550メートル離れたグループ所有地に建設され、2026年の冬に再開を目指します。
本記事では、新館の建設計画や設計の特徴、加賀屋グループ全体の再建計画「真・RYOKAN計画」について解説します。
1.加賀屋の概要|新設される旅館と既存の旅館

石川県・和倉温泉に位置する老舗旅館「加賀屋」は、明治39年(1906年)の創業以来、日本旅館の最高峰として評価されてきました。「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」では、長年にわたり1位を獲得するなど、国内外の旅行者から高い支持を得ています。
新館の概要
加賀屋新館は、七尾湾に面する約3万㎡の土地に建設されます。敷地の4分の1を建設地に充て、5階建て、延べ床面積8610㎡の規模で、離れの整備も計画されています。詳細なデザインについては今後発表が予定されていますが、現段階でわかっている新館の特徴は以下です。
・ 全50室がオーシャンビュー
・ 各部屋に露天風呂または半露天風呂を完備
・ 和の雰囲気をベースにしつつ、ベッドを取り入れた洋風スタイル
・ 輪島塗の沈金体験など、伝統文化に触れられるスペースを設置
既存施設の現状と今後
2024年1月の能登半島地震により、加賀屋グループの施設も被災しました。特に損傷の激しい部分については、一部解体や修繕が検討されており、修繕が完了した施設から順次再開する予定です。現在、加賀屋本館(雪月花・能登渚亭・能登本陣・能登客殿)の活用方法は未定であり、「雪月花」の特別階「浜離宮」の一部を新旅館へ移設できるかどうかが検討されています。現在、加賀屋グループが運営する旅館は以下の通りです。
加賀屋本館 |
雪月花 :加賀屋のメイン棟 能登渚亭 :オーシャンビューの客室を備えた棟 能登本陣:歴史を感じられる棟 能登客殿:落ち着いた雰囲気の客室を提供 |
別邸 松乃碧 | 和倉温泉の静寂を楽しむ大人向けの高級旅館 |
あえの風 | 家族連れや団体客向けの旅館 |
虹と海 | 気軽に旅館ライフを楽しめるカジュアルな宿泊施設 |
2.隈研吾氏の設計|伝統と革新の融合

今回のプロジェクトを請け負う建築家、隈研吾氏は、建築が環境に溶け込み、景観や文化と調和することを重視しています。その哲学を象徴するのが、「負ける建築」と「やわらかい建築」という概念です。
「負ける建築」とは、建物が主張しすぎず、周囲の自然や伝統と一体化することを目指す設計思想です。また、「やわらかい建築」は、素材や形状に工夫を凝らし、視覚的・物理的に柔らかさを感じさせるデザインを指します。
加賀屋新館の設計にも、この哲学が色濃く反映すると考えられます。木材や和紙などの自然素材を活かし、能登の景観に溶け込む設計で、旅館そのものが風景の一部となるような空間が創られるでしょう。
自然素材の活用
隈研吾氏の「やわらかい建築」では、木材や和紙、竹などの自然素材を活用し、光と影のバランスを繊細にコントロールしながら、温もりのある空間を生み出します。
加賀屋新館でも、地元・能登の木材を使用し、地域資源を活かした持続可能な建築を目指す予定です。木のぬくもりが感じられる設計は、宿泊客に安らぎを提供すると同時に、環境負荷を抑えつつ、周囲の自然と一体化する「負ける建築」の考え方が具体化されると考えられます。
館内のインテリアにも、能登の伝統工芸や自然素材を積極的に取り入れ、旅館全体が「能登らしさ」を感じられる空間になると期待されています。
伝統と現代技術の融合
隈研吾氏の建築は、「負ける建築」として、地域の文化を尊重しながら、それを現代の技術と融合させる点に特徴があります。
加賀屋新館では、加賀屋の伝統工芸である加賀友禅や輪島塗を内装や装飾に取り入れ、能登の文化を宿泊者に伝える試みが行われます。さらに、輪島塗の沈金体験ができるスペースを設けることで、「見る」だけでなく「体験する」ことで文化を感じられる旅館となる予定です。
また、隈氏の設計には、最先端の建築技術も取り入れられています。たとえば、自然採光や風の流れを計算し、エネルギー消費を抑えながら快適な空間をつくるデザインが特徴です。「負ける建築」の考え方に基づき、建物が周囲の環境と調和する設計が施され、持続可能な旅館運営が可能となるでしょう。
環境との調和
隈研吾氏の建築では、建物を単体として考えるのではなく、周囲の風景や地形と一体化させるデザインが重要視されます。
加賀屋新館は、すべての客室をオーシャンビューとし、露天風呂や半露天風呂を備える設計です。この構造は、「やわらかい建築」の理念を反映し、宿泊者が自然の一部としてリラックスできる空間を提供するものです。
さらに、館内には庭園や水辺の要素を取り入れ、四季の移ろいを感じられる空間を創出します。これは、隈氏がこれまで手がけてきた温泉施設や旅館建築と共通するアプローチであり、能登の風景と調和した空間が実現するでしょう。
3.加賀屋新設による復興への期待|和倉温泉と能登の未来

2024年1月の能登半島地震は、和倉温泉を含む能登半島の観光業に深刻な影響を与えました。旅館や商店が被災し、観光客の減少により地域経済も大きな打撃を受けています。
このような状況のなか、加賀屋新館の建設は、観光業の回復を牽引し、和倉温泉の再生を促す重要なプロジェクトとなります。さらに、加賀屋グループは、新館の建設と並行して、「真・RYOKAN計画」を推進し、グループ全体の旅館の再開と観光振興を一体化させた復興を目指しています。
加賀屋新館を軸とした観光復興の推進
加賀屋新館の開業は、和倉温泉の観光業の回復を象徴する取り組みとして注目されています。新館の建設により、観光客の回帰を促し、地元の宿泊業や商業施設の再生が期待されます。
加賀屋グループは、「真・RYOKAN計画」のもとで、新たな観光需要に対応する体制を整えています。この計画では、加賀屋新館の建設と並行して、他の旅館も2026年度中の再開を予定しており、異なる宿泊スタイルを提供することで、和倉温泉全体の活性化を図る方針です。
また、新館では、地元の伝統工芸や食文化を取り入れた新たな宿泊プランも計画されており、宿泊者が能登の魅力に触れる機会を増やすことで、地域文化の発信と観光の魅力向上につながると期待されます。
4.まとめ

加賀屋新館の建設は、加賀屋の再建を超えた「真・RYOKAN計画」として、和倉温泉全体の観光業の新たな方向性を示すものです。これまでの旅館運営の課題を見直し、より快適な動線や新たな宿泊体験の提供を目指すことで、伝統を守りながらも未来に向けた旅館のあり方を模索しています。
また、隈研吾氏の設計により、地域の自然・文化と調和した「やわらかい建築」がどのように加賀屋の魅力を再構築するのかも、大きな注目ポイントです。
加賀屋新館の完成が、和倉温泉と能登全体の復興を後押しし、次世代の旅館運営のモデルケースとなるのでしょうか。伝統と革新が交差するこのプロジェクトを、今後も見守っていきましょう。
建築・インテリアの専門学校卒業後、設計事務所や住宅メーカーに勤務。
現在は建築関連のライターとして活動中。
常に変化する建築業界の話題を丁寧にお届けします。
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